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思い出の授業


 私が五年間文学部にいて、思い出に残った授業について述べる。




生物自然史


 一回生で受けた全学共通科目(一般教養)である。自然史の単位をそろえるため、とりあえず出てみた。初回の授業では干潟の生物について扱った。ある貝の説明で先生が『万葉集』を引用したのを聞いて、大いに驚いた。このときに、「ああ、理系の人は文系を馬鹿にしていないのだ」と素直にうれしかった。


 私は高校の頃、理系を恐れていた。数学の授業では、黒板に解答を書いて、先生に発表するという授業があった。担当するたびに私は叱られた。悪いことに、先生は文系を貶める言葉をよく吐いた。「国語の論述みたいにだらだらと書きやがって」、「文系の男嫌い」、「お前どうせ今までちやほやされてきたんやろ、それは暗記だからです、暗記で数学はできませんよ」などと言われた。このため、私は理系が文系を馬鹿にしているものだと思い込んでいた。大学に入って、この授業を受けたことで、初めて理系と文系が隔絶したものではないことがわかった。


生物自然史は普通の生物の授業とは違った。一つ目に、授業の初めに前に集まって、先生が持ってきた標本を見る時間があった。スライドで見るだけでなく、実際に間近で見られるのが楽しかった。二つ目に、人間の生活と結び付けた話が多かった。中尾佐助の栽培植物の話、照葉樹林文化の話などを、先生はいきいきと話されていた。


全学共通科目は単位のための科目、高校の延長だと誤解していたが、そのイメージが変わった。他分野を知ることがこんなに楽しいとは思わなかった。




東洋史


 一回生の春、満員の教室で、私の横に座った人が話しかけてきた。彼は理学部の一回生であった。彼は他分野の人と話したいそうだった。授業が始まるまでに彼と話して意気投合した。終わった後、情報メディアセンターの横で、二時間ほど話し込んだ。彼は地学を研究したいと言っていた。そして、科学者の地道な作業、科学の奥深さ、基礎研究の重要性などの話を聞いた。内容はあまり覚えていないが、彼の目が輝いていたこと、むしょうに感動したことは覚えている。彼は授業でもしっかりと発言し、しっかりと考えていた。私はいつも彼の横で、彼の姿勢にあこがれていた。


夏休み以後は彼に会わなかったが、彼と出会ったことで、文学部では得られないものを得た。




中国文学


 中国の小説を中国語で読み、正確な訳をつける授業である。発音があまりに下手だったので、初回の授業で、TAの院生さん(中国人留学生 今も研究を続けているという)に発音の指導をしてもらうように、先生がおっしゃった。その次から、授業が終わるたびに、文学部の学生ラウンジ(今はオンライン授業室)で発音練習をしてもらった。授業で使う文章を中国語で読むが、四声の上がり下がりをよくまちがえた。間違えるたびに注意され、何度も何度も同じところを発音し、一ページを一時間ほどかけて練習した。あまり間違えないために、私は毎日授業で読む文章を音読し、自分の声を録音して間違いを直し、授業がある日は朝から読み続けた。夏休みも二回ほどやっていただいた。


その後、土曜日十六時半から、図書館のラーニングコモンズでやっていただくことになった。ラーニングコモンズとは、附属図書館一階の、学生グループが自由に会話できた部屋である。そのTAさんは図書館のバイトに入っていたので、バイト後にやってもらった。後期の十二月くらいには、あまり間違えなくなった。


院生さんは、TAの給料に反映されないのに、自分の時間を割いて、私の練習につきあってくださった。この発音練習によって、少しは発音への苦手意識が減ったのは、院生さんのおかげである。




日本史講読


 講読とは歴史史料を読み、担当者が訳注を作って報告する授業である。


 前近代史の講読では、室町末期の京都に出されたお触書を読んだ。初めて担当した時は、何が書かれているかわからず、出来の悪い報告になった。その後、自分の担当はなかったが、読めないまま授業に出るのは悔しくつまらないので、毎回しっかり調べた。授業に出る以上は、取り残されたくなかった。予習では、用語や人名を調べ、京都の地図を確認し、関連論文を探した。何のことかわからない史料もあった。そのときは、先生が大きな歴史の流れと関連付けて話してくださった。一枚の文書からこんなに多くのことがわかることに、私は素直に感動した。


 近代史の講読では、明治時代の政治家の書簡を読んだ。教科書では一行にも満たない、明治二四、二五年にしぼって読んだ。伊藤博文などの有名人の書簡では政権内部の密談が書かれ、細かな動向を原史料から追えるのが楽しかった。受講生が調べて報告するのみならず、先生が博士論文で書かれた内容を、わかりやすく解説してくださるのもよかった。史料を読むことで今までとは違った人物像が見えることに感動した。


 講読に出たことで、史料を読む楽しさ、むずかしさを知り、史料に実直に向き合う先生方の姿に感動した。




アメリカ文学


 アメリカ文学に特に関心はなかったが取ってみた。毎回いろいろな作家の小説の抜粋を原文とともに読んだ。初回では『アブサロムアブサロム』という小説を読んだ。原文を読んでもまったくわからない文章であった。それを先生が口頭で訳しながら読むと、とたんに書かれている内容が映像として浮かんだ。そのとき、私は電気が走るような感動を覚えた。大学受験英語しか知らなかったので、英語が初めて楽しかった。先生は理学部だったが、一般教養科目で『アメリカの息子』という小説を読んで感動し、アメリカ文学研究の道に進まれたという。理系から文系に進んだ人の話を聞くと、文理の枠にとらわれる自分の愚かさを恥ずかしく思った。




左伝


 指導教授の演習である。中国古代の歴史書である『春秋左氏伝』の注釈書『春秋左伝正義』を読む。受講生が訓読し、先生がプリントを配って開設する。訓読するだけでなく、引用される文献や出てくる動植物を一つ一つ確認しながら読んだ。先生の言葉も印象に残った。「もとの文献に当たれ」「字引の意味をあてはめずに、用例を調べて考えよ」「ここは~の史料になる。少ない史料を腑分けして使うんや」など、その言葉は歴史を学ぶ上で必須の考えを示していた。


 先生は理系の話にも詳しかった。天文の解説はどの本より詳しく、登場する動植物の学名、種、属は暗記していた。「休憩に理系の論文も読んどる。おもろいもんや。」と微笑みながら言うのを見て、私は真の教養人とはこの人だと思った。




制作裏話


 就活三大質問とは、企業面接で聞かれる「学生時代力を入れたこと(ガクチカ)」、「あなたの強み(自己PR 私は事故PR)」、「志望動機」のことである。ガクチカを聞く目的は、その人が困難をチームで乗り越えた経験があるか、めげずに頑張れるか、困難に対しどのように考え行動するのか、を知るためだという。


 私はよくあるガクチカがなかった。ふつうは、アルバイトやサークル活動など、チームでやることをガクチカにとりあげる。なぜなら、チームで困難を乗り越えた話の方が、その人の働く姿を想像させやすく、企業にその人を取りたいと思わせられるからである。しかし、私にはそうした経験はなかった。私は研究者になることを目指し、そのために必要だと思っていろいろな授業を受けていた。だから、私のガクチカはどうしても授業以外になかった。


一応、授業を受ける中で、何を考えてどう行動したか見直しては見た。授業の予復習は、与えられた課題をふつうの方法で調べるだけであって、それで課題解決力を身につけてはいない。そもそも社会で求められる課題解決力とは、さような生ぬるいものではない。また、格別の困難にも出会ってはいない。このため、私のガクチカはアピールポイントがない。


ただ、確実に三点言える。一つは、周囲に支えられたことである。私は友が少ないと思っていたが、できない私を見てくださる先生や受講生がいた。二つ目に、確実に読み取ることの楽しさである。史料を読むのは難しい。だが、それを読み解いて、先人の研究を参考にしながら、新たな歴史像を作るという作業に、私は感動した。今は研究をあきらめたが、読解の楽しさを知れたことは収穫だと思う。三つ目に、文理の壁を越えようと思えたことである。この大学には、文理にとらわれずに、いろいろな学問にアンテナを張る人がいる。そうした人に出会って、私は理系に対する恐怖がなくなった。社会に出ても、文理のわくにとらわれずに、いっしょに仕事ができる場所で働きたい。私のガクチカで得たのは、この三つの考えであろうか。









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