二岐で
- meishomitei
- 4月15日
- 読了時間: 16分
更新日:5月6日
『二岐で』_真夜 (2024 NF)
「次は俺の番か」
Yが口を開く。蠟燭の光に照らされ、暗闇に浮かぶ粗暴そうな顔。わずかに見える金髪と荒っぽい口調の男。
「俺が変な体験をしたのはあれの一度きりだ。もう本当は思い出したくもねえんだけど」
他に話すことなんてねえし……。
消え入るような語尾。さっきまで他の人の話にいちいち突っかかっていたYとは思えないトーンに、僕を含む四人が息をのむ。
「これは……俺が大学に行ってた時の話だ」
「俺が入った大学は世間じゃいわゆるFランなんて呼ばれてるところだった。ほとんどのやつがまともに講義なんかに出ねえで遊びかバイトで時間をつぶすような場所だ。俺ももちろんすっぽかしまくったよ。留年も五、六回はしたはずだ。加えて俺の場合バイトもしてなかったし、親のすねかじって生きてたんだけどよ。あれは三年で二回目の留年をした年だった。遊んでる途中にお袋から電話がかかってきてな。『いい加減にちゃんと大学行け。これからも遊ぶってんなら、生活費も学費も自分で稼げ』って怒鳴られて。ふざけんなって怒鳴り返したけど聞く耳持たねえ。お袋はやるって言ったらやる女だからな。こりゃやべえと思って急いでバイトを探したわけよ。
……あ? 学校行けばいいじゃないかって? 馬鹿言ってんじゃねえよ。お勉強するくらいなら働いた方がましだ。何が悲しくて、高校卒業してまで勉強しなきゃなんねえんだ。俺は遊んで暮らせるって思ったから大学行ったんだよ。
お前のせいで話がそれた。次口挟みやがったらぶん殴るぞ。
まあそんな感じでバイト探してたらな、サークルの先輩が割のいい仕事があるっつってきたわけよ。俺だけじゃなく、同じように金に困ってたやつ全員に。まあ、A先輩とでも呼んでおこうか。A先輩は気はいいけど、今考えればだいぶ胡散臭え男だったな。飯奢ってくれるからヨイショしてた。そんなA先輩だったから、飯奢ってくれた礼になればと思って快諾したわけだ。まだ内容も見てねえのに馬鹿な男だよ、俺は。まあ、内容聞いても返事は変わらなかったろうが。
そっから飲みに行ってな。そこでA先輩から詳しい話聞いたんだよ。なんと内容は、心霊スポットでそれっぽい写真と動画撮ってくりゃいいっつう簡単そうなやつで、気分良くなってガンガン酒をあおったさ。A先輩の奢りだったが、まったく遠慮なんかしなかったぞ。そんなことしたら逆にぶん殴ってくるし。
そんときゃちょうど夏でな。どっかのテレビとかがなんか以来出してんのかと思った。実際そんな感じのビラ見せられた。ただメンドかったんは、俺の住んでる場所からだいぶ遠かったんだよ、その心霊スポット。県も二つか三つ跨いでた。でもな、バイト中の費用は全部向こう持ちってんだから気前のいい話だよ。ただで旅行に行けるようなもんだと思ったらさらに気分が良くなってきた。仕事の話なんて酒飲みながらするもんじゃねえと今になったら思えるわ。なんも考えずに頷いちまう。
そんな感じで出発は一週間後だったからよ、二日後から準備を始めたわけよ。ん、次の日は二日酔いに決まってんだろ、言わねえとかわからねえとかお子ちゃまか。
といっても服も向こうで用意するって言われてたし、酒も向こうで買えばいい。た
だ、着古した服一式を絶対持って来いって言われてたんだよな。そんなもん何に使うんだって思ったけど、持ってこねえとバイト代出ねえ上に全部自腹なんて言われちゃあ、持って行かねえわけにはいかねえよな。
そんで酒飲んだりバイクは知らせたりしてたらバイトの日が来たわけよ。その日は朝はええから前の日は酒飲むなって言われてイラついたけど、何とか我慢した。なんせそこだけ我慢すりゃ四日で百万。猿だって我慢できるさ。
そっから一日目は昼過ぎについて、あとは自由時間。適当にそこら辺ぶらついたりした。ついて早々居酒屋直行してるやつもいたな。夜はバーベキューだってのに元気な奴らだと思ったよ。夜は肉をたらふく食って酒を浴びるように飲んだ。次の日は心霊スポットでの行動を詳しく説明されるってんで、眠い中何とか起きてた。けど頭もいてえし、大して頭に入ってなかったな。ある意味それが良かったんだ。ほんとナイス俺って感じ。
そして…………三日目だ」
ここでYの口が止まった。昔を懐かしむかのように楽しそうに話していたYの口が。先ほどまで火を見つめていた視線が宙を彷徨い始める。大して熱くもないのに、Yの頬を汗が流れ、蠟燭の火を反射する。そんなYの様子に誰も口を挟まない。いや、挟めない。気味の悪い沈黙が流れる。そんな沈黙が一分ほど続き、Yが呼吸を整えるように深い息を吐く。
「三日目の夜だ。その心霊スポットに行ったのは。手順なんて何にも覚えてなかった俺は、A先輩の言葉にただ従ってた。そんなんだから、周りの奴よりも少しばかり動きが遅かったんだよ。視線が痛かったぜ。
心霊スポットまでは着古した服で行かなきゃなんなかった。でも俺は初日それ着てきたせいですんげえ汗臭かった。だからこっそりテキトーな店で同じような服飼ってなんとかしわとか汚れとか着けて誤魔化したんだよ。ちゃんとした確認は一日目だけで当日は目でテキトーに見てただけだったから何とかなったんだよ。金もどうせこのバイトでもらえるし、ちょっとの無駄遣いくらい何とも思わなかった。だけどよ、おれ一人が新しくしたところで他の奴も似たような感じだったから、移動中汗臭くて嫌だったな。顔に出したらバレっから、何とか我慢してたけどよ。
着いた場所は森の入り口だった。そこら中に『立ち入り禁止』だとか『注意‼‼』だなんて看板がゴロゴロ転がっててすんげえ不気味だった。そりゃあ、俺だっていろいろ悪いことやってたけんど、未成年飲酒とかタバコとか、あとはちょっとした暴力とか、そんな感じだったし。特に親父から『立ち入り禁止の場所には絶対入るな』って躾けられてたからな。親父、土木系の仕事でよ、ちいせえ頃からそれだけは口ずっぱく言われた。だからなんかな、それだけは破ろうって気にならなかったんだよ。
でもやらねえと金貰えねえし、『すまねえ親父』って心の中で謝った。いつ振りかわかんねえくらい親に謝ったのなんて久しぶりだったよ。そっから森ん中に入っていった。気味悪いくらいきれいな一本道だった。そこで改めてA先輩が説明してた。確か『ここから先に進んだところで分かれ道に出る。左の道はいい道。右の道は悪い道。左の道の端で来ていた服を脱いで重ねて置く。その上にバイト担当の人からもらった包みを置いて火をつける。そして、十分間祈りを捧げると何かしらいいことが起こる』てな感じだった。右の道は専門の人がするから俺たちは左だけでいい話だった。もし何か変なことが起こった時のおまじないみたいなのもあったらしいけどよ、俺が話聞いてなかった二日目に教えてたって言われてな。聞いてなかったお前が悪いって教えてもらえなかった」
ほんと良かった。
Yはそう言って体を震わせる。顔色がわからないような薄暗いこの空間でも、その顔が青白んでいるのがわかる。Yはそれほどひどい顔をしていた。
「三十分くらい歩いたか。ようやくちょっと開けた場所に着いた。目的の分かれ道がそこにあって、ここにもすげえ数の看板があった。それだけじゃねえ。有刺鉄線で道が塞がれてた。道から外れた森の仲間で満遍なく。そこまでするのかというぐらい厳重に。ああ、ここで引き返すのか。俺はそう思ったよ。金がもらえないのは残念だけど、こっから先に行く方がやばいと俺の直観が言ってたから。
だから目の前で何が起こってるのか、すぐにはわからんかった。A先輩含む何人かがペンチみたいなの取り出して、急に鉄線切り始めたんだ。ほんといきなりだった。A先輩はともかく、他の奴はそんなことする奴じゃなかったはずなんだ。何かがおかしかった。でももう逃げられなかったよ。背を見せた途端に何されるかわかんなかった。場所じゃなく、人が怖かった。
固まったまま目の前で鉄線が切られていく様子を見てた。数人がかりだったから、人一人が通れるくらいの空間がすぐにできてて、後戻りなんてできないのがわかった。そんまま、A先輩は鉄線の前に立って、一人一人左の道に入っていくのを監視し始めた。俺を、俺だけを睨み付けてるように感じて、夏なのにすんげえ寒かった。鉄線の穴を通るしかなかった。
左の道に入った瞬間のことは、今でもはっきり思い出せる。『あっ……死んだな』訳も分からずそう思ったんだ。なんか、もう空気が違った。さっきまでの道もやばい気配がしたけど、ここは段違いだった。ほんとにここはいい道なのか。悪い道としか思えない。絶対やばい。
周りの奴らの顔を思わず見回しちまった。同じ気持ちを持ってるやつがいてくれれば。そう思ってたんだ。でも、駄目だった。俺以外全員が平気そうだったんだ。孤独感って……ああいうのを言うんだな。
そっから先は『もうどうにでもなれ』って気持ちだった。周りに流されるままに歩いた。あんなに足が重く感じたのは初めてだったな。これなら学校行く時の方がまだ軽かった。不思議なもんだ。
最悪だったのは、道の長さだな。ありえないくらい長かった。二時間くらいはかかってたはずだ。そんだけ時間がありゃましになりそうなもんだが、その間ずっと気持ち悪かったからもう手に負えねえ。今すぐにでも道端で腹のもん全部吐き出しちまいたかった。通貨、実際吐いた。三回くらい。もう胃液しか出なくても、吐きたくてしょうがなかった。
そしてようやくついた先には、小さめの洞窟があった。A先輩曰く、儀式はこの中で行うらしい。外で待っていたかったがもちろんそんなこと許されなかった。A先輩は俺を逃がさないようにするためか、自分が持っていた懐中電灯を俺に押し付けて、背中を押してきたんだ。怖くて仕方がなかったぜ。
そのまま俺を先頭に洞窟に入っていったんだが、思ったより狭い洞窟だったんだよ。俺は見ての通り背が低かったから普段通り歩けたが、他の奴ら、特に先輩は苦しそうだった。全力で走ることなんてできなさそうだった。でも、運は俺に味方してくれなかったよ。横幅も狭かった。デブがいたせいで、横を走り抜けることなんてできそうになかった。
そういや言い忘れてたんだが、この洞窟、すごいひどい匂いだったんだ。生ごみを数週間放置したような臭い。それまでの道は、気味悪くはあったけど臭いは普通だっ
たんだ。まあ何が言いたいかというともう一回吐いた。でも、その臭いも感じないほどの腐臭だったな。こんだけ言えば、どれだけやばかったか伝わんだろ。
そんな道だったから出来るだけ早く歩きたかったんだ。もうこの臭いも気味悪さからも解放されたかった。でも、他の奴らはそうもいかない。一人で先に行こうもんなら何されるかわからなかったしな。
そして、洞窟の最奥。引き返せたのはそこまでだった。
目の前にな、何かの山があるんだよ。よくわからない山。光当てたら骨みたいなのが見えて、思わず懐中電灯を落としちまった。そこでA先輩が言うんだ。『服を脱いで祠の前に置け』って。俺は初め気づかなかったけど、端の方に小ぢんまりとした祠があったんだよ。もうだいぶボロボロですぐには何かわからないくらい古いやつ。わけわからず固まってたら、『さっさと脱げ』ってぶん殴られた。倒れそうだったけどそうしたら間違いなく蹴られる。A先輩はそう言う男だった。そう思ったから何とか踏ん張って服脱いで。結局俺が最後だった。
その後A先輩に押しのけられて、『お前は列の一番後ろだ』って言われて、祠から一番遠いところ……つまり入り口に一番近いところだな。そこに引っ張られた。なんかいいことが起きるっていう話だったのが理由だて思ってる。
そしてA先輩は何が入ってんのかわからん包みを俺たちが脱いだ服の上に置いて、ガスバーナーで火をつけた。他の奴らは跪いて祈り始めてた。もう異様なく光景だったぜ。何かしらの宗教団体の儀式ってこんな感じかって場違いにも思ってた。でも、俺も真似して祈ってるふりはしてた。これ以上殴られたら、あの気味悪さ関係なく死にそうだったしな。そんな行動が出来てる時点で、俺も十分おかしかったんだろうな。
そのまま薄目開けてぼーっとしてたんだけんど、なんかどんどん気分の悪さが増していってな。臭いにもだいぶ慣れてたはずなんだがどうしてだって思ってたら、体がふらつき始めてた。他の奴らも揺れてるように見えたけど、俺が揺れてるだけなのか、本当にあいつらも揺れてるのかもうわからなかった。そして、あと少しでぶっ倒れるってときだったよ」
「アレ・
・が現れたのは」
五人の間を生ぬるい風が流れる。嘔吐をこらえているかのようなYの声色に、こちらの気分まで悪くなってくる。まるでここまで腐臭がしてくるような、そんな気味悪さを、Yから感じた。
「アレ・・はな、さっき言ってた骨の山から滲み出てきたんだ。その瞬間に叫びも吐きもしなかった自分を褒めてやりたい。もう全てが駄目だった。洞窟内の臭いを一店に集めてさらに濃縮したような腐臭……いや死臭って言っていいかもしれない。道端で見つけた死んだ烏の臭いに似てたんだ。動物が死ぬとこういうにおいがする。そう思っただけでもう泣きそうだった。
姿形も……なんて言えばいい。ヘドロのようなところもあったし、液体みたいなところもあった。硬そうな部分もあった。近いもので言えば、ジ〇リの臭いヘドロか。あれを何十倍も気味悪くしたような、得体のしれない存在。そんなのが突然現れた。
そこまでいけば、他の奴らももう目を開けてたよ。まあ、あんだけひどい臭いがしたんだから当然と言えば当然だ。でもあの時の俺からしたら、……なんというか、得体の知れないもんになっちまったと思ってたダチが、まだ知ってる奴らだったってわ
かって安心したんだよ。ああ、こいつらはまだまともなんだって。
でもそれも長く続かなかった。A先輩だ。あの人も他の奴らと同じような顔してたけど、突然怒鳴り出したんだ。『ふざけんじゃねえ。願いが叶うって話だったろうが‼‼‼』そう言ってアレに殴り掛かったんだ。願いが叶うなんて俺は初耳だったけど、あんなよくわからんものにも果敢に立ち向かうA先輩を少し見直したんだ。何の根拠もない希望を感じたんだ。本当に、何の根拠もなかった。
簡単な話だ。ヘドロを殴りつけたらどうなるか。拳が埋まるに決まってる。あの瞬間は、俺も、おそらくA先輩もそんな簡単なことに気付けなかった。A先輩は埋もれたこぶしを引き抜こうとしてるように見えた。けど、抜けなかったんだ。懲りずに先輩は逆の手でアレ・・を殴りつけた。もちろんそれも埋まって抜けなくなった。俺たちは全く動けなかった。
呪縛が解けたのはそのすぐ後だ。A先輩が突然大声を上げたんだ。『痛い!』とか『熱い!』とか『離せ!』とか。そんなこと言ってた。それでようやく動けたんだ。俺はすぐに入り口向けて走り出してた。一番後ろだったのが良かった。何にも遮られずに走れた。
でもそれも洞窟を出たすぐそこまでだった。おかしいんだよ。来るときは何もなかった道に、変なもんがゴロゴロ転がってんだ。しかも、洞窟の中と同じくらい臭くなってんの。暗くてよく見えなかったけど、何が落ちてんのかわかっちまった。それで、一瞬足が竦んじまった。そっからはもう駄目だった。
足が震えちまうんだ。もともとA先輩に殴られたり、変な臭い嗅ぎ続けたりで倒れそうだったから。もうまともに走れなくなった。でも逃げねえとどうなるかわかんねえし、ふらふらしながらもどうにか進んだよ。運が良かったのは、アレ・・の足が、足があんのかはわかんねえけど、とにかく遅かったことだ。そんな状態でもなんとか分かれ道まで着いたんだ。そこで気が抜けちまってな、なんか柔らかいもんに足ひっかけて転んじまった。最悪なことに倒れこんだのが有刺鉄線の上で、もう歩くことも出来なくなって。しかも、後ろからする腐臭がどんどん強くなってきて。
もう後は無我夢中だよ。這いつくばって有刺鉄線の上から体を動かした。元の道戻ろうにもこんなんじゃぜってえ追いつかれるし、ここしかねえって思って逆の道の方に行って草陰で縮こまってた。
すぐ後だ。何かを引き摺ってるみてえな音が左の道からしてきてよ。『ほかの奴らはもう全員死んじまったんだ』って思った。そんなバケモンがすぐそこにいるって思っただけで生きた心地がしなかったぜ。そんな時間がどんだけあったかわかんねえけど、アレ・・の気配がずっとそこに居るんだ。分かれ道ん所でうろうろ動いてるような音がずっとしてそこ離れねえ。まるで何か探してるみてえな感じだった。いや、何かじゃねえな、間違いなく俺を探してた。ここで死ぬって確信した」
そこまで言って、Yは長い息を吐いた。真に迫るような声音に僕たちまで息が詰まってくる。しかし、不思議なことがあった。
「もしその話が本当だとして、じゃあなんで君は今ここに居るんだい?」
Iの言葉に僕は頷く。そうだ、事実Yはここにいるのだ。
「知らねえよ。いつの間にか気絶してて、気が付いたら朝だったんだよ。そん頃にはもうアレ・・はいなかった」
首を乱暴に横に振りながらそういうY。
「ほれ見たことか。話の落ちがそれじゃあ――」
「ただな……」
得意げに続けようとするIを、Yが遮った。どこかしら逆らえない迫力を感じ、Iだけでなく僕たち他の三人も口を噤んだ。しかし、その元凶であるYはそんな僕らを見向きもせずに続ける。
「次の日の朝にな、隠れてた場所で目え覚ましたんだよ。俺だって驚いたさ。まだ生きてるだなんて実感なかった。『ここがあの世か』なんて思ったほどだよ。でも体中痛えし、気分だって最悪だし現実だって思い知らされた。そこで気づいたんだ。もうあの腐臭がしなかったんだ。いや、少しは残ってたんだが、明らかに臭いの元凶はいなくなってた。それで安心して草陰から這い出てぞっとしたよ。
すぐ目の前の地面が濡れてたんだ。多分残ってた臭いの原因だよ。しかも濡れてたのはそこだけじゃねえ。分かれ道の前の広場も、左の道も、森の入り口までの道も、全部だ。無事だったのは右の道だけだったんだ。俺は奇跡的に助かった。俺だけが助かっちまった。
あとはもうお前らの想像の通りだ。俺は森から出て何とか家まで帰った。俺以外の奴は行方不明扱いで、警察にすげえ疑われた。まあ、集団でバイトしに行って俺だけが帰ってきたんだから、怪しいったらねえよな。見たこと全部説明しても、当然ながら信用されねえ。ヤクやってんじゃねえのかって疑われていろいろ検査されまくったさ。証拠なかったから逮捕はされなかったけど、そのことが大学にバレて退学させられて、そっから親にも縁を切られたよ。あとはフリーターなって、こんなところまで流れついちまった」
こんなところ……か。
僕は自分の座っている場所を見下ろす。ボロボロの段ボールの上。火が燃え移らないように蝋燭から離して敷いているそれは、もう一年くらい使ったものだろうか。
「さて、これで俺の話はもう終わりだ」
Yはそう言って話を締めくくった。Iはまだ納得できていなさそうだったが、もう何も言わなかった。ずっとビクビクしていたOも、普段は陽気なGも同様だ。
肌寒い風が吹く。もう短くなっていた蝋燭はそれで倒れ、火は消えていった。「……ちっ、誰だよ、これ用意したの。全員分持たなかったじゃねえか」
苛立たしげに言いながら、Yは場を去っていく。Iも蝋燭を持ってきたOに冷たい目を向けながら立ち上がる。その視線に耐えられなかったのか、Oは身体を縮こまらせて逃げ出す。Gは夜中にふさわしくない大声を上げ、酒を煽りながら帰っていく。
「次は僕からか」
もう一度風が吹く。一人残された僕は身体を震わせながらも、後片付けを始めた。
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